選択の感度

空いちゃいました。

忙しいとダメですね。

それに車通学はさらにダメです。

携帯を見る時間が取れない。

 

 

さて。

 

 

感傷的になる景色というのがあります。

みなさんにもあるかと思います。

 

私の場合、ホームの両端で発車を待つ電車。これが今一番感傷的になります。

 

 

簡単に言ってしまえば、恋の話です。

気になる人と同じホームに向かって歩き、乗り込む電車はそれぞれ別。

 

「そろそろ行きますか」

「座れるうちに乗りますか」

 

相手の気遣い(私と一緒が嫌だった可能性もありますが)をすべて是として、行動しました。

 

なんであのとき、

 

と思うことだらけです。

 

「もう少しゆっくりしても」とか

「ホームで座って入れればいいので話しませんか?」とか

もっと言えることがあったと思うのです。

(それを相手が是とするかは別だけど)

 

ただ聞き分けのいい子であることが、あのとき必要だったのか。

素直に話しても良かったのではないか。

 

そんなことを考えます。

 

 

Life is choices.

 

選択が大事なのはよく分かります。

でもそれ以上に大事なのは、「ここは自分で選ぶときだ」と思える感度なのではないかと思うのです。

 

流れてもいいところは流れて

留まるところは留まってすぐに選択する

 

その振り分けが大事なのではないかと。

 

 

感傷的な景色が目の前にあるので、そんなことをつらつらと考えてしまいました。